企業のこれまでとこれから
御社の創業から現在に至るまでの歴史について、転換点となった出来事を含めて教えてください。
昭和50年、原子力発電所の保守業務を受注するために創業。バブル崩壊後、売上減の苦境に陥った。それまでは完全労働集約産業であったが、この時から他の顧客や業務への展開を模索し始める。世間では「原子力ルネッサンス」ともてはやされ、日本の原子力発電技術を海外展開すると期待が高まっていた最中、東日本大震災の津波により原子力産業に大逆風をもたらした。創業以来培ってきた技術力は、行き場を失い専門職の仕事も受注できなくなった。少しずつ他方面に行っていた営業活動により、新たな顧客とサービスを得て現在に至る。現在は技術コンサル業務にも参画し、北米の事業にも参入している。

御社の現在の事業の強み・特徴やこれからの展望について教えてください。
当社は、原子力発電所の保守業務で培った技術力で、加速器研究施設や海外製造プラントの建設業務などにも参画し信用力を積み上げてきました。また社内の別事業部では、発電所内の1000台規模の監視カメラを統合するサーバーシステムの構築などを行い、現在はシステムのメンテナンスを受注しております。また5年前にはものづくり補助金を活用して3Dスキャナーを導入し、新たな現場調査手法を構築した。2025年からは国の研究施設に入札参加し新たな受注機会を得ることができました。また海外にもマレーシアを初めにタイ、韓国、アメリカと技術コンサルタントとして要請されるようになりました。今後もチャレンジ精神を忘れずに挑戦を続けていく方針です。
御社が考える地方創生・SDGsについて
御社が考える地方創生・SDGsについて教えてください。
京都府内で2番の栄華を誇った舞鶴も今や人口は減少の一途である。大学のために京阪神地区に出た若者が、帰ってきたくなる魅力ある地元を構築することが必須であると考える。また都会で就職しても後に帰れる故郷として選択できる様、未来に希望の持てる持続性のある仕事と魅力ある企業の構築を目指している。また以前から舞鶴は子育てをする環境としては、府内でも1番であると感じていた。この素晴らしい故郷で、子育てを行い次の世代にも愛する家族を育てる大切で素敵な場所になるように願っている。そのためには、子育て中の必要な休暇制度や奨学金返済の補助制度などを充実させて「未来は大丈夫」を具現化していきたいと考えている。

企業が求める人材像について
御社に応募していただきたい人材像について、具体的に教えてください。
新卒・中途含めて幅広く募集を継続しています。当社の社員構成では、入社時は9割の人が未経験者です。必要な資格取得も会社は全面的に支援しています。大きく分けて4種の仕事がありますので、適性に応じた配置を優先しています。電気計装補修業務、情報通信技術業務、設備設計業務、施工管理業務の4種類が大きな柱です。ここからこれらのエキスパートになることにより、海外での技術コンサルタント業務などに発展します。会社は京都の田舎にありますが、現場と顧客は世界に展開しています。求める人物像としては、探求心のある人や挑戦意欲がある人、また反面繰り返し業務に強い人や専門性を伸ばしたい人など様々な人に対応できる職種があります。

ひとを知る

代表取締役社長
上羽裕之
20歳でマイギに入社し、ゼロから始めて最終的に経営者にまで昇りつめた、たたき上げ。若いうちは思いっきり背伸びをして、つま先立ちで転びそうになりながらバブルの波を渡ってきた。今後はオーナーとしての責任もあわせて背負っていく。20年前からコツコツと蒔いてきた種が少しずつ芽を出し始め、海外事業を含め新たな事業を展開している。
プレスリリース
SDGsへの取り組み
- 【5】3Dスキャナー・モデリングなど新しい技術を用いて、女子が参入できにくかった現場調査作業などにも参入できるように取り組んでいる。
- 【11】学生への職業インターンの門戸を開き、若年層から地元にもこんな会社があると知ってもらうことを地道に続けていく。自分の故郷に都会にある会社にも負けない会社があると思ってもらえるような会社に成長させていく。
企業プロフィール
企業名 | 株式会社マイギ |
---|---|
所在地 | 〒625-0014 京都府舞鶴市大字鹿原小字石橋196-3 |
創業年 | 1975年創業 |
代表者 | 代表取締役社長 上羽裕之 |
事業内容 |
|
WEBサイト | リンクはこちらから |
求人応募ページ | 株式会社マイギ 採用情報京都お仕事マッチング診断 ジョブこねっと |
企業ロゴ | ![]() |