企業のこれまでとこれから
御社の創業から現在に至るまでの歴史について、転換点となった出来事を含めて教えて下さい。
弊社は1989年に柏原市の貸工場で平野製作所として創業し、フライス加工に特化した小さな部品加工屋として始まりました。2008年のリーマンショックをきっかけに営業に力を入れるようになり、現代表の平野暁彦がホームペーの開設・ブログでの情報発信などウェブマーケティングに注力することで、新たな顧客の開拓が大きく前進。フライス加工だけでなく、切削から成形、溶接なども含めたものづくりに多岐に対応するようになります。同時に中国や台湾など海外現地加工メーカーの開拓を進めることで海外貿易事業を確立し大きく売上を伸ばします。2023年以降は社内設備の増設・営業所の拡大、そしてM&Aにより事業内容の拡大を進めております。
御社の現在の事業の強み・特徴やこれからの展望について教えて下さい。
現在は金属・樹脂の部品の社内加工・国内および海外の協力会社から仕入れて販売する商社業の2本柱で営業しております。個人・法人問わず頂くご相談内容は多岐にわたっており、その1つ1つに真剣に取り組むことでさらなる仕事の幅が広がることを実感しております。部品加工業は削る・切る・延ばす・叩く・溶かす・固めるといった様々な方法を駆使してモノを作り上げる仕事です。1つの会社ができることは限られているかもしれませんが、いくつもの会社が協力することで不可能が可能になります。弊社は今後、様々なものづくりを取りまとめられるような小さな総合商社を目指して国内外問の協力会社と共に邁進します。
企業から見た地域の魅力について
御社から見た河内地域の魅力について教えて下さい。
生駒山地と金剛山地の西側に沿って南北に広がる河内エリア。そのなかでも柏原市は2つの山地の繋ぎ目に挟まれた位置にあり大阪と奈良を結ぶ主要な街道の1つとなっております。大阪府内でも認知度は決して高くありませんが、ぶどう栽培が盛んな地域で至る所にぶどう畑があります。夏にはぶどうの直売所が道路沿いに立ち並ぶ光景が風物詩の1つです。自然豊かなベッドタウンであり、近鉄大阪線とJR大和路線が通ることで大阪・奈良・京都・三重へのアクセスが非常に良く、西名阪自動車道を使えば自動車での移動もスムーズ。田舎と都会のちょうど真ん中くらいで良い味を出し、住みやすいと感じられる地域です。
企業が求める人材像について
御社に応募していただきたい人材像について、具体的に教えて下さい。
私たちの仕事は”ものづくり”を通して社会に貢献することです。日の目を見ない縁の下の仕事も多くありますが、社員には未来の私たちの生活に欠かせないものを作っているという自負心を持って仕事に取り組んで欲しいと思っております。弊社が「明日へつながるものづくり」をモットーとしているのもそのためです。同じ作業をただ繰り返す毎日ではなく、直接自分の仕事に関わることもそうでないことにも興味を持つ姿勢と学ぶ姿勢を大事にし、一人ひとりが自分自身の可能性を広げる意識を持てることが大事です。このような考えに協賛してくれる方と一緒に仕事ができることを願っております。
ひとを知る
代表取締役社長
平野暁彦
大阪大学大学院を修了後、分子生物学研究員・薬剤師として働き、25歳で父親が経営する有限会社平野製作所に入社。超アナログな零細町工場を改革すべくホームページ・ブログでの情報発信により経営改善を実行し、2021年に代表取締役に就任。年商5000万円から3億円を突破するまで売り上げを伸ばし、2024年には新たな設備投資・M&Aで同業会社の買収を実行して事業拡大を進めている。
SDGsへの取り組み
- 【3】ユニセフへ毎月の募金を通じて世界の国と地域で子供たちの保険・水と衛生・栄養・教育などへ協力しております。
- 【5】人材採用および社内での仕事・権限については男女平等であることを宣言します。
- 【10】国籍問わず外国人の採用も行っております。過去にはベトナム人の技術者の雇用実績もあります。
企業プロフィール
企業名 | 有限会社平野製作所 |
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所在地 | 〒582-0015 大阪府柏原市高井田1288-5 |
創業年 | 1989年創業 |
代表者 | 代表取締役社長 平野暁彦 |
事業内容 |
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