企業のこれまでとこれから
御社の創業から現在に至るまでの歴史について、転換点となった出来事を含めて教えてください。
株式会社荻野商店は1916年にこんにゃく粉専用の製粉工場を建設したことを創業の年としております。創業以来、こんにゃく粉の製造を一貫して続けてまいりました。こんにゃく粉は板こんにゃくや白滝の原料であり、こんにゃく芋を乾燥・製粉して製造されます。1963年には業界に先駆けてこんにゃく芋の火力乾燥機を実用化するなど、産業の近代化を牽引してまいりました。また、こんにゃく粉をさらに精製加工することで、グルコマンナンという食品添加物が得られます。近年では、冷凍食品、菓子、畜肉製品などの改良材としての利用が増加しており、当社はこれを業態変革の大きなチャンスと捉え、積極的な設備投資や品質管理体制の強化により、事業拡大を推進しています。

御社の現在の事業の強み・特徴やこれからの展望について教えてください。
株式会社荻野商店は100年以上の社歴で培った、独自のこんにゃく芋の仕入ルートを有し、こんにゃく粉の加工技術に強みを有します。こんにゃく粉の加工は難しく、可能な業者は限られます。食品原料業者としては早くから食品安全の国際規格「FSSC22000」を取得し、同規模の企業の中でもDXが進んでいるなど、世界の流れに合わせ柔軟に対応してきています。それに伴い、社員教育についても拡充しつつあり、挑戦できる風土が生まれています。こうした強みを生かして、安定的に収益を上げる事業を育てつつ、更にリスクを負ってチャレンジできる経営環境の構築を目指しています。

御社が考える地方創生・SDGsについて
御社が考える地方創生・SDGsについて教えてください。
株式会社荻野商店が本社を置く下仁田町は、少子高齢化が進み、若者の人材流出が止まらない状況です。当社は積極的な採用活動により、3年前と比較して社員数が1.5倍になるなど、町の関係人口を積極的に増加させるべく努力を続けています。また、下仁田町の基幹産業の1つがこんにゃく粉の製粉であり、群馬県の主要作物の1つがこんにゃく芋です。地元産業と密接に関わるこんにゃく産業ですが、人口減少の状況下で需要減少が続いており、現行のこんにゃく産業は持続が困難な状況にまで追い込まれています。当社は、こんにゃく粉をこんにゃく産業以外でも活用していくことで需要拡大を図り、地場産業を後世に残していくべく全力で取り組んでまいります。
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企業が求める人材像について
御社に応募していただきたい人材像について、具体的に教えてください。
株式会社荻野商店は中途採用が中心で、時期によって募集する職種や人数がまちまちです。不思議と食品製造業からの転職はほとんどなく、大半が異業種からの転職で、職種も異なることが多いです。そういった方々が今は専門家となり、どこにも負けないこんにゃく粉製粉メーカーを作り上げています。
人物像としては、能力よりも当社の進むべき方向性に共感し、昨年よりも上のレベルを自分なりのペースで目指してくれる人を期待しています。また、当社はDXを強く推進していることから、変化に対して柔軟に対応できることを求めます。
柔軟な働き方への対応は遅れていますが、残業が少なく有休消化率の高いことが特徴です。

ひとを知る

専務取締役
齋藤裕介
学生時代は物理学を専攻し、一般企業で半導体レーザー関連の研究開発を行っていたが、叔父に請われて2018年に株式会社荻野商店に入社。こんにゃく製粉会社の後継者となる。こんにゃく粉の特殊加工工場の建設、自社製品特許の出願、DX推進などに従事する。社内の業務執行や経営戦略の策定などに取り組む中で、会社の未来だけでなく、産業の未来をより良くしていきたいと思うようになる。
SDGsへの取り組み
- 【3】満足感を得つつカロリーダウンが可能であり、介護食分野で利用されるケースもあり、健康・福祉の観点からもこんにゃく粉の利用が進んでいます。
- 【9】こんにゃく粉の技術革新によって用途拡大を行い、こんにゃく産業を持続的成長が可能な産業に変えられるよう全力を尽くします。
- 【14】食肉の代替として、大豆に代表される植物タンパクでプラントベースフードを作る際の結着剤として、こんにゃく粉の利用を進めます。
- 【15】マグロなどの水産資源を、こんにゃく粉を用いた代替品で置き換えたり、一部をこんにゃく粉由来のものに置き換えることで、水産資源の消費量の低減に貢献します。
企業プロフィール
企業名 | 株式会社荻野商店 |
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所在地 | 〒370-2601 群馬県甘楽郡下仁田町下仁田28 |
創業年 | 1916年創業 |
代表者 | 専務取締役 齋藤裕介 |
事業内容 |
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